先日、街中でこんな会話が聞こえてきました。
〇〇さんちのお子さん、高校卒業でお母さんにプレゼントくれたんだって。うちは全然ないのよ、そんなの。毎日お弁当作ってたのにさぁ、なんか悲しくなっちゃって。
むか〜し、似たようなご相談をいただいたことがあります。
ううむ。実はこれ、逆なんですよね。
まずはじめに、一つ整理しておきたいことがあります。
「嫌われているのではないか」「感謝されていないのではないか」「わが子は感謝が足りないわ」…実はここは、あまり関係ないんです。ここで焦点となるのは『見返り』です。
見返りを求めると誰もがみな辛くなります。なぜならその見返りがない時には苦しいし(人によっては虚しい、怒りが湧く)、見返りがあったとしても“釣り合っていない“と感じれば不満が出るからです。
「見返りを求めているつもりはないんですよ!」と言うかもしれませんが、不満が出るということは、心の奥底ではどこかで何かを求めているのではないでしょうか?
で、何が「逆」かと言うと・・・
前者のお子さんの話では、「無事に高校卒業してくれるまでに成長して嬉しい。お弁当を作る喜び、もしくは親としての役割を果たさせてくれてありがとう!」と、これまでの子育ての中でお子さんからどれだけの喜びをもらったか、どれだけ親として成長させてもらったか、という視点に立てば「お子さんからプレゼントがなくて寂しい」とはならないでしょう。
後者の女子会の話では、「楽しい時間を過ごせてもらって嬉しい!」「みんなに会えると元気をもらえるよ」という視点に立てば、「いつも幹事やってるのに〜」「私の時はやってくれないのね…」とはならないかと思います。
「自分が与えた分、相手からなにかを返してもらう」という発想自体が逆ということです。
そりゃあね、人間ですから。そう割り切れなくて、「いやーそれはそうなんだけど苦しいよ〜」となる方もいるかもしれません。
でもそんな時こそ自分の隠された想い、自分の本心に気づくチャンスなのですね。
特に後者の女子会の場合は、こんな問いを自分に対してしてみてほしいのです。
・みんなに好かれるために幹事をやっているのではないか?
・自分の寂しさを埋めるためではないか?
・承認欲求を満たすため?
・恩を売りたい?
それから
・私は本当にこの友人たちと付き合っていきたいのか?
*
私は常々、見返りを求める関係は「歪んで」いて「不健康」だと考えています。それは親子であっても友人や恋人であっても。
だから見返りがなくて不満なら「やらなきゃいいじゃない」って話なんです。価値観や考えが合わないなら「同じような人を選べばいいじゃない」っていうシンプルな話。でもそうやって切り捨てて切り捨てて、いつも同じことが起きたり、周りに人がいなくなって1人になってしまう場合には、そこじゃないんですよね。
要はね、その土台に愛があるかどうかなんです。もっと言えば、愛を求める行為なのか、愛から生まれる行為なのか。
愛を求める行為の場合には、相手も辛いけど自分も辛くなります。なぜなら自分で自分を愛せない限り、いつまで経っても埋まることはないから。
だからもし「こんなにやっているのに」と思った時は、一度立ち止まってみてください。
それは、愛から生まれた行動ですか?
それとも
愛をもらうための行動ですか?
この違いに気づくだけで、人間関係の苦しさは驚くほど変わっていきます。

恋愛・片想い・結婚・復縁・不倫・仕事・育児・家庭・人間関係など、多岐にわたり鑑定いたします。あなたのお話、お悩みを聴かせてくださいね。元気と前向きな波動を取り戻しましょう。否定・批判は一切なし!あなたのお気持ちに寄り添い明るい未来へ導きます🍀


コメント